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「かれらは何もかも捨てて、イエスに従った。」シモンたちの信仰はなんと素晴らしいものではありませんか。実は、そうではないと思います。シモンは自分で自ら従ったわけではなくて、そうせざるを得ませんでした。イエス様がシモンを魚のように取りました。そして、この人をとるために、イエス様はよく準備したと思います。

今の聖書個所はイエスさまとシモンの三番目の出会いです。一番最初はヨハネ1章40−42節に書かれています。シモンの兄弟アンデレはまずイエス様の弟子になりました。そしてアンデレはシモンをイエス様のところまで連れて行きました。その時、イエス様がシモンを見抜いて、新しい名前を付けました。「岩」という意味の「ペテロ」と名付けました。

そして、今日の個所の少し前のところに、イエス様はシモンのしゅうとめを癒しました。シモンはまだイエス様の弟子になっていませんでしたが、やぱっりイエス様の癒しの力が有名でした。イエス様がシモンの家に入りました。多分、多くの人はイエス様の癒しを探していましたが、イエス様がシモンの家に探して入りました。つまり、シモンを選びました。しかしそのときにも、シモンはイエス様の弟子になりませんでした。時々弟子になることは時間がかかります。私の場合では三年間かかりました。「シモン」や「サイモン」と言う名前はヘブライ語で「聞く人」という意味があります。私はよく長い間、物を黙って観察します。そして、よく聞いた後、判断します。聖書のシモンも同じかもしれません。突然弟子になったわけではありませんでした。

そして、イエス様は湖から説教するためにシモンの船を貸してくださいと頼みました。いいえ、それより、シモンは網の洗うことで忙しがったので、イエス様は傍若無人にシモンの船に乗って、そしてその後でシモンに頼みました。シモンは漕ぎ出しました。

そしてイエス様は船から説教をします。私の宣教団体で大先輩である宣教師パットリック・マッゲリゴット先生は釣りが大好きでした。彼はよく日本人の男性と一緒に釣りに行きました。そして、釣りしている間に、マッゲリゴット先生はイエス様のことを伝えました。琵琶湖の上で、皆が船から逃げられなかったから、仕方なくて伝道されていました。シモンも、イエス様の船長として、船から逃げられなかった。イエス様の説教を聞いてなければなりませんでした。

最後に、魚の奇跡がありました。それで、シモンがやっとイエス様の弟子になりました。偶然なことではありませんでした。イエス様が色々な技を使って、シモンという魚を捕まえました。イエス様の深いご計画がここにありました。皆さんも同じです。第一テサロニケに、「あなたがたが神に選ばれた者である」と書いてあります。自分でイエス様を選んだと思っても、イエス様があなたを選んだと聖書が言いてあります。神様は時間をかけてかもしれません。じたばたしたこともあったかもしれません。しかしイエス様はじっくりあなたを選びました。「私たちは愛しています。」とヨハネが書きました。「神がまず私たちを愛してくださったからです。」神様がまずあなたを愛して、愛する人のように言い寄りました。あなたは今日クリスチャンならば、それは 偶然 なことではありません。神様のご計画です。あなたは神様に愛されて選ばれた人だからのです。

ここで、シモンはやっと決心しました。それで「私は罪深い人間です」と言いました。これは後ろめたい言葉ではありませんか。シモンは後ろめたく思っていました。なぜであろうか。実は私たちはなぜ彼がそう言ったが分かりません。シモンがどんな生活をしていたも分かりません。分かるのはシモンが漁師だったこと、漁師は荒々しい人です。私の先祖も漁師でした。けっこきつくて、頑固で、面白い生活をした人でした。シモンもそうであったかもしれません。しかし、イエス様はこんな人を選びました。イエス様は完璧な人を選びません。イエス様は色々な身分の人を選びます。シモンは「罪深い人間」でした。パウロは殺人者でした。もう一つのシモンという弟子はテロリストでした。自分は罪人だからクリスチャンになれないということは絶対にありません。罪人だからこそクリスチャンになるはずです!

でも、「私は罪深い人間です」と認識するは珍しいことではありませんか。「罪深い」という単語は漁師によく使われているわけではないと思います。神学的な言葉です。イエス様はここでは宗教的な言葉を使いませんでした。イエス様は漁師に魚のことを話しました。そして、漁師であるシモンは宗教的な答えを出しました。なぜこんな時にシモンは「私は罪深い人間です」と言いましたか。しゅうとめが癒された時、シモンは「私は罪深い人間です」と言いませんでした。イエス様の説教を聞く時、「私は罪深い人間です」と言いませんでした。ある仲介者によると、シモンがこの奇跡によってイエス様の栄光と聖さを見ました。そして自分の罪の汚れが分かりました。しかしシモンはイエス様の 聖さ を見えませんでした。シモンは魚を見ました。それで、本当に感動しました。その魚を見て、自分の生活との関係が分かりました。

イエス様の弟子が奇跡を目撃する時、よくイエス様がこの方が誰だろうかという質問を互いにします。イエス様が嵐を静めた時、「いったいこの方はどういう方なのだろう」と言いました。しかし、シモンがこの奇跡を見て、イエス様ではなくて、自分が誰だろうと考えました。なぜかというと、嵐を静めることは自分と関係がありません。印象的なことだけれども、自分より対外的なことです。しかし、魚はシモンにとってとても大事でした。

不思議な大漁の奇跡はシモンの職業と生活に深い関係ありました。それで自分の価値観を考え直さなければなりませんでした。不思議な大漁の奇跡の前に、シモンはイエス様のことを「先生」と呼びました。「先生」というのは、ユダヤ教の教師です。

不思議な大漁の奇跡の後は「主」と呼びました。関係が変わりました。イエス様はシモンと本当の関係を作る一番いい方法をご存知でした。

最近、滋賀県の教会は一緒に集まってジーザズ・フェスティヴァルをやりました。私の宣教団体は宣教体験コーナーをしました。最初のブースでは、具体的の文化の違えを体験しました。食べ物の違いや豊な国と貧しい国の違いなどを説明しました。しかし次のブースでは、人の考え方の違いを表現しようとしました。三人の「名人」がいました。コンピューターの名人、花の名人、と漁師の名人がいました。そして、ブースに来る人は名人に伝道する役割がありました。しかし伝道する前にその人との関係を作ることが必要でした。伝道者が神様のことか聖書のことを言っても、魚の名人は無視しました。しかし、魚のことを話したら、名人は快く会話をしました。そして、伝道できることになりました。ですから、神様のことについて漁師と話したい時は、まず魚のことを漁師と話すことが必要です。そのブースの目的は参加者に宣教のことを考えさせているでしたが、非常に深い意味があったと思いました。

神様のことについて漁師と話したい時は、まず魚のことを話すことが必要です。

だからこのようなイエス様との関わりがあったので、シモンが全てを捨ててイエスに従ったことは大きいな信仰のことではないと思います。たくさんの魚を取った時、シモンは商売を止めました。しかし、それは訳の分からないなことではないと思います。よく考えると、シモンとイエス様はよく知っていたかもしれません。同じカペナウムという小さな町で住んでいました。同じ会堂で礼拝をしていました。そして、イエス様は大工として働ておられました。シモンの船は木材で作られていました。  憶測すると、 修理の時でに、  イエス様はシモンの船を修理したかもしれません。カペナウムは現在テルハムという町です。そこでの考古学者はカペナウムの会堂を発見しました。会堂の柱にこう書いています:「ヨハネの子ゼベダイの子アルパヨがこの柱を作りました。祝福されるよう。」ゼベダイ、ヨハネ、ヤコブはその町で有名な人でした。

そしてイエス様はその会堂でよく説教していました。弟子たちとイエス様は赤の他人ではありませんでした。よく知っていたと思います。イエス様という人は知られていない人ではありません。神様を現す人です。私たちは知らない神様に従うわけではありません。ヨハネの福音書1章では、「神を見た者はいない」が「一人子の神が、神を解き明かされたのである」と書いています。イエス様はよく知られている人です。

しかしイエス様が一人一人の一番いい呼び方をご存知しました。イエス様は一人一人のニーズをよくご存知しました。今日の伝道では、イエス様は全ての人の人生の問題の解決者だと言う伝道方法があります。健康の問題あれば、結婚の問題あれば、イエス様のところに来たら問題の解決があると言われています。しかし、この個所では、シモンの一番深いニーズはシモン自身でも分からなかったことでした。罪の赦しというニーズでした。人間は皆同じニーズがあります。多くの人はその 罪の赦しというニーズを認識していません。イエス様はシモンに罪の赦しの必要性を分からせました。そしてシモンは人間を取る漁師になりました。イエス様はここではどのようにして人間を取るかという例を出しました。シモンの個人的な状況にふさわしい方法でイエスさまはシモンを取らえました。神様のことについて漁師と話したい時、まず魚のことを話すが必要です。長い時間が必要かもしれません。しかしそれによって、シモンが全てを捨てたことは大きな信仰のジャンプが必要ではありませんでした。イエス様に従うのは一番当然なことになったと思います。

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