Sermons

Sermons | Articles

いよいよ、待ち望まれたクリスマスの時期になりました。この待降節(たいこうせつ・Advent)の4週間、救い主の誕生を記念する準備で、「救い主の一つの印」、「救い主の4つの名前」、「救い主の六つの霊」について高橋先生から説教を聞きました。その説教に通して、当時のユダヤ人の希望と救い主のイメージを味わうことが出来ました。

特に救い主の4つの名前では、ユダヤ人も私たちも救い主のイメージを理解出来ます。「Wonderful counsellor」、力ある神様、永遠の父、平和の君。ユダヤ人の皆はそう言う力ある救い主を期待しました。確かに立派な指導者、強い武士、そして知恵ある政治的な王様になります。それは「救い主らしい救い主」の特徴ではありませんか。

しかし、イエス様が馬小屋生まれた時、イスラエルの中に、その人は世界の救い主だと思う人はいっさいいなかったと思います。ベツレヘッムという何もない所に、大工さんと少女の婚外子はまさにこの世界の救い主であろうか?

この個所の7節で、「宿屋には彼らの入る場所がなっかた」と書かれています。「宿屋」と聞くと、ホテルの感じが出てきます。世界中のクリスマス劇では、そういう感じが出ます。しかし、キリスマス劇をする子供たちに残念になるかも知れないが、1世紀の中東で、今の時代のようなホテルはありませんでした。「宿屋」と訳された単語は原語キリシャ語で「katalouma」です。ゲスト・ルームのことです。この教会の二階にあるゲスト・ルームはkataloumaです。

そして、当時も今も、中東ではお客様をもてなすことがものすごく大事でした。私も中東文化を持っている北アフリカに旅行した時、これを体験しました。日本人は客好きということで有名ですが、悪いが、アラブ系の文化と比べることはできないと思います。全く知らない人だっても、お客さんが来ると、最低でも家に入てあげます。一緒にお茶を飲んでしゃべらなければなりません。普通は食事も出します。多くの家族は食事を家族よりもう一人分を余分に作ります。それは、期待されていない客さんが来ても、恥ずかしくなく、もてなすためです。そして、必要となれば、客さんを泊まってあげます。だから、家にkataloumaというゲスト・ルームがありました。

最近、個人のデボーションで士師記を読んでいました。士師記19章はちょっと嫌な話しですが、その中に素晴らしい例があります。ある人はベツレヘムからエフライムまでいきます。そして、ギベアで「誰も私を家に迎えてくれる者がありません」と言いました。というのは、この人は泊まる場所を用意せずに旅をしました。それは必要ないからです。旅人を家に迎えてくれる人は必ずいると思ったからです。すると、ある老人は「安心なさい。ただ、足りない物はみな、私に任せて。ただ広場では夜を過ごさないでください。」と言いました。これは特に親切な人ではありません。その文化の義務でした。

だから、ベツレヘムへ行くヨセフとマリアも泊まる場所を用意しなくてもいいと思いました。必ず歓迎する人はいると思ったからです。しかし、誰もkatalouma、ゲスト・ルームに迎えてくれませんでした。とんでもないことです。まあ、住民登録があるから、旅人が多いからしかたがないですね?

でも、ちょっと考えてください。ヨセフは誰も知らないお客さんではありませんでした。ルカ2章3節では、「人々は皆、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った」と書かれています。ベツレヘムはヨセフの町でした。自分の町だからこそ、そこへ行っていました!この客好きの文化で誰も迎えてくれなかったことはものすごく酷いことですが、実は、ヨセフは宿屋で泊まる必要は絶対ないはずでした。ベツレヘムはヨセフの友達、親戚、家族がいた町でした。しかし、自分の生まれ故郷でも家に迎えてくれる人はいませんでした。何とおかしいではありませんか?これはなぜでしょうか?

1世紀の中東は客好きが強い文化でしたが、恥の文化でもありました。今でも、アラブ系の文化では、恥はとても強い概念です。聖書の多くの個所では、恥ということは解釈の鍵であると思います。たとえば、放蕩息子の話しでは、放蕩息子の兄は怒りました。なぜ怒ったというのは、放蕩で家族に恥をかけた弟がお父さんに歓迎されたからです。常識では、これはありえないことです。もし誰かが家族に恥をかけたら、その人は家族から切り捨てられたはずです。

又は、殺されたはずです。イギリスにも、今年7月、イラク系のイギリス人女性は自分の父に殺されました。殺された理由は彼氏があったからです。私たちの考え方から惨いことですが、それは恥の文化の力です。

ヨセフは自分の町で歓迎されなかったのは家族から切り捨てられたからであると私は思います。まだ結婚していないのに婚約者のマリアが子供を生むのは大変恥ずかしいことでした。彼の家族も、彼自身も、マリアも、皆がこの恥を感じたに違いありません。

イエス様はこの世の待ち望まれた救い主だと言いましたが、実は、最初のクリスマスでは、世界の誰もこの赤ちゃんの存在を欲しくありませんでした。

まあ、「誰も」というのはちょっと言い過ぎかもしれません。救い主を歓迎する人は確かにいました。最初の客さんは野宿をしている羊飼いたちでした。「ああ、かわいいな」と思われていますが、羊飼いの仕事は大変きつい仕事でした。イエス様を迎える羊飼いたちは冬の寒い夜でも、イスラエルの山で野宿しました。なぜかというと、当時の野原は塀がなかったから、昼も夜も羊を見守らないと失ってしまいます。羊を失ったら、羊を売ることができませんから、自分が食べられなくなります。だから夜、家に帰ることはできませんでした。つまり、汚い、羊臭い、宿なしでした。天使たちの素晴らしい救いの知らせはこの宿無しの人に知らされていました。

そして、羊飼いの後は、博士たちでした。マタイ伝に「東方からの博士」と書かれています。私たちははっきり分からないが、多分バビロニア、現代のイラク、から来ました。ユダヤ人ではない異邦人でした。または、イスラエル人ではない外国人でした。イスラエルの期待された救い主を迎えに来た人は宿無し人と外人しかいませんでした。

私たちキリスチャンが拝むイエス様はこの世の評価で立派な人ではありませんでした。だからユダヤ人は彼がメシヤだと分かりませんでした。王の王、主の主は恥じ深い家族に婚外子としてこられました。来られた時、歓迎者は宿無し人と外人でした。

生まれる所はありませんでしたから、生まれる所を借りました。寝る時、「人の子には枕する所もありません」と言いました。説教するとき、船から説教しようとしましたが、船がなかったから、船を借りました。犯罪者として死刑を受けて死んだ時、葬られる所がなかったから、葬られる所も借りました。神様は全ての天国の宝と力を捨てて、自分を遜って、所有物の何もない生き方を選びました。物が必要な時、天地創造者は自分が造った人間に頼って物を借りました。皆の救い主のイメージと大分違いました。イエス様の力は政治的な物ではなかった、経済的な物や権力的な物もありませんでした。逆説ですが、イエス様の力は弱さにありました。

イエス様は強い武士になりませんでした。政治的な王様にもなりませんでした。しかし、それよりもっと素晴らしい方でした。神様でした。遠く離れた神様ではなくて、私たちの人生を体験した、恥と義理と所有物の何もない状態を乗り越えた神様です。私たちと同じ道を歩んだ神様。私たちの悩みを分かっている神様。イマヌエル、私たちと共にいる神様です。

「さて、どう生きるべきのか?」ピリピ2章にかかれているように、「あなた方の間では、そのような心構え(がまえ)でいなさい。それはキリスト・イエスの内にも見られるものです。キリストは、神のみ姿であらあれる方なのに、神のあり方を捨てることが出来ないとは考えないで、ご自身を無にして、使える者の姿を取り、人間と同じようになられたのです。」神様ご自身が二千年前に全てを捨てて自分が何も出来ない赤ちゃんになりました。自分を無にして、困った時は他の人と天の父と頼りました。自分の力を求めなかったから他の人を仕えることができました。イエス様が捕まえた時、「私が父にお願いして、十人軍団よりも多くのみ使いを私のはいかに置いていただくことが出来る」と言いました。しかし、そうしませんでした。そうすれば力が自己中心になります。小山康祐という宣教師によると、「実の強さは弱いものを強める強さです。」自分の強さを守りたいと思うと、他の人を仕えることが出来なくなります。他の人を仕えると思うと、自分を遜らないとなりません。この世を救うために、神様は全てを捨て、混乱した家族と時代に入って、神様との和解の務めをしました。生まれる所がありませんでした。死ぬ所もありませんでした。所有物の何もない生活をしました。自分の力を求めずに、父を従って、他の人のために人生を歩みました。それはクリスマスの意味であります。私たちが同じように出来ますようにお祈りします。

Latest work

RSS

This page was last checked for correctness on 2008-01-04. Contact Simon.