Sermons

Sermons | Articles

正月の希望と正月の約束

日本人として、「お正月」を考える時、何を考えますか?私は、ご覧の通り、日本人ではないですから、たくさんの日本人の友達にこの質問をしました。その答えから、三つのテーマに分かれました。思い出、安全、清め、この三つのテーマは日本人の正月希望を代表すると思います。

この三つのことはすぐに説明しますが、イギリス人として、「お正月」を考えると、だいたい「New Year’s Resolutions」と言う書き初めのような新年の決意を思い出します。この2005年に、私はどんな「New Year’s Resolution」を考えたでしょうか?そして、どのぐらい守るつもりでしょうか?私は、もちろん、最も熱心な学生になろうと決心しました。でも、夏になると、天気がよくなって、皆、外で遊びたくなるでしょうから、その決意もおそらく夏まででしょう。あとは、毎週、カレッジのジョッギング・クラブに入ろうと決めました。それは二週間は続けられると思います...

やはり、私はすぐ自分で決めた約束を破ってしてしまいます。私は人間だからです。でも、神様はご自分の約束を永遠に守る力があります。ですから、聖書に二千年前に書かれてある約束は現在の私たちの希望に当たります。この正月の時期に神様が私たちに何を伝えようとしておられるか、聖書を開きたいと思います。

第一に、最初の正月のテーマは思い出でした.私は11歳の時から日記を書いています。ある年、あまり書かなかったのですが、日本から帰ってから5年間は熱心に書きました。毎年、正月には、昨年の日記を読み、撮った写真をみて、どんな一年間を過ごしたかと考えます。このように一年を振り返る時間は本当に大切なものだと思います。そうしないと、人生の方向を考えずに、目を閉じたまま歩いてしまうからです。一年が終わる頃はその一年を思い出すが自然に出来る時ですね?皆さんの2004年はどうでしたか?私としては、変化が多くて、とても意義深い一年でした。しかし、数年前の日記を読むと、そうではない年もうありました。一年間を過ごして、人生があまり変わらなくて、年を無駄にしたようなこともありました。そういう時に、ヨエルという聖書の予言者の言葉を思い出します。

ヨエル2:25
いなご、ばった、食い荒らすイナゴ、かみつくイナゴ、わたしがあなた方の間に送った大軍勢が食い尽くした年々を、私はあなた方に償おう。

この箇所で神様はイスラエル人に警告しています。出エジプトの後に、イスラエル人が40年間荒野でさまよっていました。大変な、苦しい時間でしたが、時間の無駄ではありませんでした。神様はイスラエル人を教えて下さっていた。その荒野の授業は 申命記 に書いています。

申命記8:3
それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたに分からせるためであった。

神様の御旨で、無駄のことはありません。あなたの2004年は今は分からなくても、神様はあなたのこの12月間の経験を用いることが出来ます。2004年はイナゴの食い尽くした年のようかも知れませんが、神様が決してその時を償えるという約束をしてくださったので、その約束を必ず守ってくださいます。

二番目のテーマは安全でした。日本社会のモットーは「安全第一」だと言ってもいいと思います。お正月はとくに安全を考える時だそうです.最近のアンケートによると、正月の初詣で、30%の人が家内安全や自分の安心感を祈るために参ります。でも、聖書によると、神様は自分を従っていく人に平和と安心を与える約束もあります。ヨハネの福音書で、イエスの御言葉があります。

ヨハネ14:27
私は、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたに私の平安を与えます。私があなた方に与えるのは、世が与えるのとは違います。あなた方は心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。

またはイザヤと言う予言者により神様はこう述べておられます:

イザヤ32:18
私の民は平和な住まい、安全な家、安らかな憩いの場に住む。

この正月の時期、平安を求めるのであれば、神様に平安があります。世の平安と違いますが、神様は平安を与える約束もしてくださいました。

一番大事な正月のテーマは何だと思いますか?三番目のテーマは清めでした。英国ニュースダイジェストの最新版の一面でこう書いています。「お掃除特集。年末のお約束。家をキレイにするアイデア満載」多くの友達に聞くと、正月は「掃除」ということです。でも、家をキレイにすることだけではなくて、「心を洗う」ことも大切だそうです。

でも、汚れた人はどのように汚れたを心を洗えるでしょうか?汚い手は汚いタオルで洗えば、きれいになりません。ただきれいなタオルで洗うことができます。同じように、汚れた人は汚れた心を洗うことが出来ません。ただ清い人間が汚れた心を洗えます。それから、神様はご自分でイエス・キリストという人間になりました。それは神様ご自身はこの世に入って、ただひとりの清い人になり、私たちの汚れた心を洗うためです。

時々お正月に年賀状を貰います。でも、去年、ある友達の家族がなくなり、年賀状を送ることが出来ませんでした。死はすべてを汚します。全世界で、一番汚れたものは死です。しかし、神様ご自身は死ぬためにこられました。死は本当に暗い所です。しかし、キャンデルは暗い部屋に入れば明るくなると同じように清いイエス・キリストは一番汚れた死を入って死を清めます。聖書の「ヘブル人の手紙」に、次の約束が書いています。

ヘブル9:13〜14
もし、ヤギと雄牛の血、また雌牛の灰を汚れた人々に注ぎかけると、それが聖めの働きをして肉体を清いものにするとすれば、まして、キリストが傷のないご自身を、永久の御霊によって神にお捧げになったその血は、どんなにか私たちの良心を清めて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕えるものとすることでしょう。

私は自分の力で自分を清めることは出来ません。でも、特にこのお正月の時期に心を洗えて新しい人生のスタートをしたいです。神様はその新しいスタルートを与えることが出来ます。この約束によって、私の心を清めることが出来ます。

イエス・キリストによって、神様があなたに無にした時を返す、あなたに平安を与える、またはあなたの心を洗うことを約束しました。皆さん、この新しい年の頃、新しいことを始める時で、ぜひ主の約束を新しく見て、又は信じて下さいと言いたいと思います。

Latest work

RSS

This page was last checked for correctness on 2005-03-15. Contact Simon.